【今月の教化部長の言葉】令和5年10月

「石上げの行」の取り組み 

教化部長 大塚 和富

 

 10月は実りの秋の季節であり、清々しい気候の中でスポーツの秋を満喫する季節でもあります。

 

10月の各見真会では「石上げの行」をプログラムに組み入れて実施する計画です。「石上げの行」は、環境教育の一環として、2020年(令和二年)から国際本部で実践が始まり、手引きが発行されたことにより「〝新しい文明〟の基礎を作るための2022年度運動方策」に提起されて実施することになったものです。「石上げの行」の手引きを用いて、石上げの行を実践し、自然界に満ちている「ムスビの働き」を感じつつ、組織の活動や個人的な課題の克服を祈願しながら、〝新しい文明〟の基礎づくりを力強く進めるために行うものです。

 

 私は前任の福岡教区教化部長の時に、福岡・佐賀・長崎南部・長崎北部の四教区幹部26名が、2022年5月1日に生長の家総本山に出向き、総本山の協力のもと、広大な境内地にて「石上げの行」が開催されて初めて参加しました。総本山境内地の新饌田近くの駐車場にて、持ち寄った石にタガネと金槌にて3つの穴(窪み)を彫り、その3点をつなげてムスビを象徴する三角形を作ります。その後、持参した弁当を食堂で食べた後、石上げを行うため午後から彫った石をリュックサックに入れて背負い、総本山境内地を100m以上歩いて上がり、石を納める大きな岩の前に集合して、「石上げの御祭」を行い、「自然と人間の大調和を観ずる祈り」と「大自然讃歌」の読誦のうちに石を大きな岩の前に納めました。

 

この時の感想としては、後期高齢者となった自分に肉体を十分使うことの大切さを実感しつつ、自然環境に恵まれた総本山の境内地に包まれている有り難さ幸せを感じました。

 

その後、福岡教区では6月に開催された「中高生の集い」の行事の中に「石上げの行」を組み入れ、中高生や運営に携わった参加者たちと福岡県教化部周辺の天拝山(標高257m)に石上げを行いました。

 

今回愛知教区は初めて「石上げの行」を見真会のプログラムに取り入れて行います。「大愛知見真会」では意義説明ののち、予め了解を得て集めた石に、先ず三角形を彫るために、3つの頂点(穴)と、頂点を結ぶ3つの辺(線)を彫ります。その石を彫るときは、第一の穴は「これは自分だ」と思って彫ります。第二の穴は、自分が個人的に一番関心のあること-課題、夢や希望、悩んでいることなど-を思い起こして彫ります。第三の穴は、第一の「自分」と第二の「希望」や「課題」が結ばれて、調和した〝新しい価値〟が実現することを強く思って彫ります。この石を彫る作業は宗教行として真剣な気持ちで取り組むことが大切です。参加される皆さまには、出来れば次の道具を持参くだされば幸いです。

 

チスタガネ約10mm、②平タガネ約10mm13mm、③カナヅチ、④手袋、⑤ゴーグル、いずれもホームセンターや金物店で入手できます。「大愛知見真会」の運営サイドでは50セット用意しています。

 

石を上げるために納める場所を去る8月7日に「大愛知見真会」の運営役員数名と下見してきました。名古屋市守山区の「東谷山(標高198m)です。頂上には「尾張戸神社」があります。石を上げる時には、自然に恵まれた環境の山道や石段をゆっくりと登りつつ、心肺が上がりますが肉体を使って表現する行為に意味があります。酸素や日光、風を感じ、鳥や虫、植物などから季節ごとの美しさを学びます。私たちは自分の力で生きているのではなく、さまざまなものとムスビ合い、支えられ、生かされているのだと自然から教えられます。都会の喧噪から離れ、静かな東谷山に石を上げることにより、呼吸は上がり発汗し、足腰の筋肉は疲労しますが、その中で、当たり前に機能している自分の肉体に感謝できるありがたい感動が生まれます。

 

 加齢に伴い肉体の衰えを感ずると、自己限定して肉体を使うことを拒否する自分になりますが、それは〝肉体人間観〟からくるものです。「神の子・人間観」の皆さん、10月の見真会の「石上げの行」の取り組みで、自然の中に生かされている「新たな自分」を発見しませんか。