【今月の教化部長の言葉】令和4年5月

聖経のようかん

教化部長 鈴木幸利

 

 

 桜が咲き、菜の花が咲き、雪やなぎ、モクレンと待ちわびた春がやってきました。 陽気に誘われて気持ちも外へ外へと向きやすくなりました。

 

 

 さて、今月のタイトルを見て「 なんじゃ、これは 」と思われた方も多いことでしょう。 特に意味はないのです。 けれども、4歳の子供のうれしくてたまらないという気持ちが溢れ出た言葉なのです。  といいますのは、長男の一家がうちに泊まりに来ると、夜の聖経読誦を一緒にあげてくれるのですが、4歳の孫が自分用の聖経を作ると言い出しました。 そこで妻が紙を重ねて冊子のような形にしたものを渡してやると、よろこんで書き始めました。 4歳の子供が耳から聞いて、頭の中に残った言葉を自由に書いたもので「 神 」とか「 実在 」が何度も出てきたり、どこかに遊びに出かけたときのことだったり、と内容は天真爛漫です。 その横で妻が「 神 」の項をひらがなで書き写し、簡単に製本して表紙に「 聖経 」と書いて渡してあげました。 すると孫はにこにこ顔で「 聖経 」の字の下に何やら書き加えました。 それが「 聖経のようかん 」です。「 どんな意味? 」と尋ねても、孫はにこにこ笑っているだけです。 完成したものを父親に見せに行って「 おお、すごいじゃないか 」と褒められて「 今日は一緒に聖経を読むんだよ 」と言われて、はりきって読んでくれたのは言うまでもありません。 理屈じゃないんです。 みんなと一緒にできてうれしいんです。 唯々うれしい。 神様と自分の間に何の隔たりもないからフト頭にうかんだ “ようかん” という言葉をつけたかったのです。 谷口雅春先生は、よく「 幼な子の如く、素直に神の懐に飛び込め 」とおっしゃいました。 私たちは普段の生活の中で現象のあれこれに引っかかって、自分で自分を追い込んでしまうことがあります。 そんな時には肩の力を抜いて、両手に握っているものを放して、幼な子の如く理屈で考えないで素直に神様の懐に飛び込む。 そんなことを教えられた気がしました。

 

 

 3月20日、教化部で慰霊祭が執り行われました。 ご存じのように慰霊祭は教区内で教勢発展に活躍されて亡くなられた先輩達に感謝を献げ、先輩達の思いを吾が思いとし、決意を新たにする祭りです。  今回も沢山の先輩達が霊界に旅立たれていました。 私が教化部事務局長時代、一緒に頑張っていた役職者の方々の名前が霊牌を通して読み上げられる度に感謝と寂しい思いでいっぱいになりました。  最後の挨拶の時には当時の顔が思い出され内からこみ上げてくるものがあり、ぐっと涙を堪えるありさまでした。諸先輩方々から教えていただいたことを胸に、あらたな気持ちで頑張ろうと思いまし 

た。

 

 

 3月24日からスタートした「 みんなで楽しく奥津城参拝のたび 」ですが、エントリーしていただいた人は3歳からなんと102歳の方まで466名でした。 第1回報告日の30日で、すでに総本山までの一千キロ踏破したグループがありました。

 

 

 総本山到着時には目等総務が装束姿でお出迎えして下さり、奥津城では参拝の先導をして下さいました。 奥津城では三先生に感謝を申しあげ、力を頂いて、決意も新たに帰ってくることが出来ました。 みなさんありがとうございました。 この企画を考えいたころは総本山までおよそ半月はかかるだろうと思っていたのですが、エントリー数が日に日に増えてきて、いざスタートしたら思っていたよりも遙かに早く到着してしまいました。 そこで第2弾として、海外の伝道本部を訪ね歩く「 世界一周のたび 」へと向かうことになりました。 私は今、海外の伝道本部総長等にメッセージをいただけるようにせっせとラブレターを書いているところです。 今度は全行程4万キロ、総本山の20倍ですからね。 みなさん毎日の習慣としてコツコツお願い致します。 「 えー、それなに?私知らんかった 」という人がいないように声をかけあってみんなで楽しく倫理的な生活を広げていきましょう。