【今月の教化部長の言葉】令和2年10月

谷口清超先生十二年祭に寄せて

教化部長 鈴木幸利

 

 

 日本中の神様が島根県の出雲に集まる十月は、谷口清超先生の十二年祭が執り行われます。 清超先生は昭和二十四年から平成六年まで二二二一回に及ぶ講習会を開催され、この間一回として自分の都合で日程を変更されたことはありませんでした。 台風などで会場までの移動が困難になった事もありましたが、ある時はヘリコプターで、またある時はオートバイのうしろに乗っていただいて会場へ駆けつけたというエピソードはたくさんあります。 また、雅春先生が説かれた難しい真理をかみ砕いて信徒さんの体験談を通して、吾々の生活の中にどのように生かしていけばよいかをやさしく説いてこられました。 このお陰で一般家庭にも生長の家のみ教えが行き渡り教勢がどんどん発展することが出来ました。 先生はだれも変わることが出来ない大神様の使命を全うされ、平成二十年十月二十八日、八十九才で霊界に旅立たれました。

 

 

 私は昭和五十五年から約八年間谷口清超先生の講習会の随行をさせて頂きました。 先生は行きの列車に乗られるとすぐにこれから行く教区の参加者の幸せを祈って聖経を読誦されていました。 そして帰りの列車の中でも受講して下さった参加者への感謝とご多幸を祈って聖経を読誦されていました。 お尋ねすると先生は「 受講生のためかな! 」と微笑みながら話されたことがあります。 いつもいつも受講して下る参加者のしあわせを祈り続けておられた先生でした。

 

 

 本部には親睦会があります。 当時は積立てして春は日帰り、秋は一泊で旅行に行っていました。 この旅行には先生が参加されることもたびたびあり、恵美子先生もご一緒の時もありました。 あの時代はバスに乗ると順番に歌を歌うのが恒例でした。 先生のところにマイクが回ってきた時に、曲目は忘れましたが演歌を歌って下さいました。 あまりいろいろと書くと「 鈴木君、私が何も言わないと思って好き勝手にしゃべってもらっては困るよ 」と怒られそうですが、今でも私がこんなふうに清超先生を身近に感じ、昨日のことのように思い出されるのも、たくさんの叱責と同じくらいたくさんの愛情をいただいたからだと思います。 言葉でのご指導以上に、先生の表情( 喜びの表情になったり、相づちを打たれたり、考え込むような表情をされたり )を見ることによって、先生が何を考え、何を望んでおられるのかがひしひしと伝わってくるのを感じました。 文字や言葉はこちらの解釈の仕方で間違うことがありますが、この表情の反応は、嘘偽りのない本当の思いを表しているので、判断を間違うことはないと思っています。 私はお伺い事やご報告の際「 これは報告するがこれは黙っておこう 」と思っているときに限って、帰り際に先生が「 鈴木くん、他に何か話しすることはないのかね 」と聞かれました。 先生の前では隠し事が出来ないのです。 先生も私のことをよく見て下さっていたと思います。 この信頼関係が物事を進めていくために一番必要なことだと思います。

 

 

 我々の運動に於いても、推進するためには、相手の表情を見ながら、もう一歩踏み込んだり、一歩引き下がってみたり、これが出来るのは相手がそこにいればこそです。 相手をより一層理解する為には顔を合わせることが一番です。 またこちらの表情、雰囲気が言葉以上の感動を相手に伝えることにもなります。現在ひろがりつつあるズームでも、もし仲間の様子が気になった時には、積極的に声をかけたり、アフターフォローをしていきましょう。

 

 

 ひかりの言葉( 日訓 )の表紙の写真は平成四年刊から現在に至るまで清超先生が撮影された写真が使われているのです。 写真が大好きで行く先々でたくさんの写真を撮って楽しんでおられた先生からの贈り物です。

 

 

 谷口清超先生十二年祭は十月二十八日午前九時五十分から教化部で執り行われます。 年祭は各道場へ配信します。 並びにウェブ配信もいたします。先生への感謝と決意の日とさせていただきましょう。