【今月の教化部長の言葉】令和2年8月

機会均等法

教化部長 鈴木幸利

 

 

 どうなることやらと始めたウェブ配信「 おにぎりオヤジのひとりごと 」も、無事に最終回の収録が終わって一息つくことができました。 聞いて下さったみなさん、励ましの声を下さったみなさん、本当にありがとうございました。

 

 次のような話しがあります。

 

 ある人が亡くなり、気がついてみたら霊界にきていた。 まず、霊界の状態をよく見ておきたいと思い歩いて行くと「 地獄館 」と言う建物があった。 恐る恐る覗いてみると、中は大きなホールでシャンデリアが輝いている。 真中に大きなテーブルがあって、その上にビフテキやエビフライやカツなどのご馳走が山のように盛り上げてある。 テーブルの周りにはガリガリやせた亡者が大勢座っており、左手を椅子にくくられ、右手には長い箸がくくられている。 亡者は、その長い箸で前にあるご馳走を取って自分の口に入れようとするが、箸が長くて口に入らずお腹をすかして泣いている。

 

 向かい側を見るとそこには「 極楽館 」があった。 極楽はどんなに素晴らしい所かと覗いてみると、「 地獄館 」と同じようなホールがあって、天井からのシャンデリアも丸テーブルも、盛ってあるご馳走までまったく同じ。 そしてそこにはやはり亡者が座っていて、同じように左手を椅子に縛られ、右手には長い箸がくくりつけられている。

ところが天国の亡者はニコニコした顔で、幸せそうな福々しい姿をしている。 よく見ると天国の亡者は長い箸でご馳走を取って、向かい側の亡者に食べさせ、それから向かい側の亡者からも食べさせてもらい、みんなが楽しく食事をしていた。 「 これが地獄と極楽の違いだなあ 」と思った。 という話です。

 

 また、みなさんがよくご存じの日本の昔話や民話、例えば「 おむすびころりん 」「 はなさかじじい 」「 こぶとりじじい 」等には正直じいさんと欲張りじいさんが出てきます。 「 おむすびころりん 」では正直じいさんは弁当のにぎりめしをネズミの穴に落としてしまい、ネズミに導かれて「 ネズミの国 」に行き、つきたての餅や歌や踊りでもてなされ、みやげまでもらって家に帰って開けてみたら小判がザクザクで大金持ちになった。 それを見ていた隣の欲張りじいさんも、にぎりめしをネズミの穴に押し込んで、自分もむりやりネズミの国に入っていき、正直じいさんと同じようにつきたいの餅や歌や踊りでもてなしを受けたが、「 早くみやげをよこせ 」とわめきちらし、みやげを持って家で開けると、ムカデやかえるやゲジゲジ出てきた。という話です。

 

  私がおもしろい思うのは、地獄も極楽も正直じいさんも欲張りじいさんも与えられた条件は同じだということです。 正直じいさんは始めから良いものが与えられ、欲張りじいさんは始めから悪いものが与えられるのでありません。 与えられる機会は均等なのです。 同じものが与えられながら、正直じいさんは大金持ちになり、一方欲張りじいさんはそれを受けて感謝してよろこぶ心をもたず欲に目がくらんで人をおとしめようとするので悲惨な結果になっています。

 

 昔の人は知っていたのですね。 神様は、誰にでも平等にしあわせになる道を用意して下さっているということを。 そして、それは、自分のこころが選んでいくということを。 手をイスにくくられたり、長い箸を持たされたりと、障害や難題が出てきても、みんなで知恵を出し合って相手を生かすことを優先したら天国浄土が現れてくるように、私たちのまわりには現在新型コロナウイルスという難題があり、行事等もなかなか開催できにくい状態になっていますが、今の環境を恨むのではなく、相手を生かしみんなで知恵を出し合って進んで行けば、将来あのコロナのお陰という時が必ずやってきます。 私たちは「 神の子 」なのですから、必ず良くなるしかないのです。 今を明るく感謝してよろこんで生活していきましょう。

 

コメントをお書きください

コメント: 1
  • #1

    櫻井峰子 (水曜日, 05 8月 2020 14:34)

    私にとって、とても良い話をありがとうございました。
    70歳になっても、腹が立ったり、情けなくなったり、穏やかに暮らすのは難しいです。