【今月の教化部長の言葉】令和2年6月

神の御業があらわれんがために

教化部長 鈴木幸利

 

 

 みなさんお元気ですか。 みなさんにお会いできなくなって三ケ月が過ぎようとしています。 地元に寄り添ってがモットーだった私は、みなさんの顔を見て、笑ったり、話したり、勉強したり、よろこびあうことが出来なくて大変さみしい日々を送っています。 みなさんがライン会議、ライン神想観、ズーム誌友会等ラインを使って自分たちの出来ることから活動の輪を広げて下さっていることに心から感謝します。 また、「 大自然讃歌 」や「 天下無敵となる祈り 」など、大調和の世界を祈り続けて下さることにも感謝申し上げます。

 

  さて、今回のような世界的な問題を私たちはどのように受け止めたらよいのでしょうか。

 

 一つ目は、問題は、考え方や生活を変えなさいと云うメッセージであり、注意信号である。 このままの生活を送っていたら大変なことになるよ。 正しい生活に戻りなさい。 との神様からのメッセージなのです。 この度の新型コロナウイルスも他の生物を駆逐して人間だけが繁栄しようとすることへの警鐘だと思います。 新型コロナウイルスはコウモリからとかセンザンコウからとか人間に感染したと云われています。 自然界には神様が定めた棲み分けがあり、その中で感謝して充足感を味わって生活していればお互いに幸福な生活を送ることが出来ていたのです。 しかし人間は動物を食料や薬の材料としたり、自然を破壊したりして、他の領域に自分達の欲望のためにどんどんと踏み込んでいったために、他の場所では善で有るものが人間社会では悪となってあらわれているのが新型コロナウイルスです。 吾々は自然の一部であると自覚し、人間至上主義の生活からすべての生物は神様が創造された同じいのちの重さを持つ存在として敬意を示して相侵さない生活に変えていかなければなりません。

 

  二つ目は、長年に渡って蓄積された人類意識の浄化です。 理不尽と見える相手は私たち人類の過去の悪業を消して下さる観世音菩薩の慈悲のあらわれです。 観世音菩薩は天界から私たちの側まで下りてきて、一緒に苦しみ、一緒に救い上げて下さる。 今回は約二十三万人 (五月一日現在) 以上という尊い命が犠牲になって何かを伝えようとしています。 私たちは新型コロナウイルスを闇雲に恐れるのではなく、これからの社会をどう立て直していくか真剣に考える時期にきています。

 

 三つ目は、神の御業があらわれんがためであるということです。 感染のリスクを背負いつつ働き続けて下さる医療従事者やスーパー、コンビニの店員さんたちやゴミ回収作業員さんたち、私たちの暮らしや社会を守るために働いて下さるすべての方に心から感謝すると共に学校に行けない子供達に無料で動画の配信をしたり、図書カードをプレゼントしたり社会的に弱い立場の人たちの命を守るために奔走している人もいます。 人々が愛と知恵を出し合ってこの苦境を乗り越えようとしている姿こそ神の栄光のあらわれなのです。 人生に無駄なものは一つもない。 解決できない問題もない。 自分にとっては一大惨事であるかもしれないが、そこに神の御業が現れようとしているのです。 それに気がつかず、その時、環境を呪い、周囲の人々を呪い、運命を呪い、ついに神も仏も呪う。 呪いの念のために神の御業が現れないで、不幸のままで終わってはいけないのです。 吾々はみんな「 神の子 」ですから本当は良くなるしかない人生なのです。

 

 この三つを信じて、新型コロナウイルスの問題は吾々を善に導く観世音菩薩の働きと観じ、すべてを感謝に変えて明るく生活していきましょう。 今こそ吾々の信仰が試されている時なのです。 しっかりと神様に波長を合わせ、信仰深化に励んでいきましょう。

 

 これからもしばらくの間、皆さんとお会いするのが難しい状況が続くかも知れませんが、五月から愛知県教化部のホームページから私の「 おにぎりオヤジのひとりごと 」映像を配信していますのでよかったら見て下さい。