【今月の教化部長の言葉】平成28年9月

自然界から学ぶこと

 

教化部長 濵山正幸

 

 かつてベストセラーになった本で『 声に出して読みたい日本語 』の著者、齋藤孝氏の著書で『 きっちり2週間で「 自分の壁 」が破れる! 』を読んだ。

 本の内容を大雑把に要約すれば、人間の頭脳は「 2週間の自家発酵期間があれば、十分に勉強モードの頭にすることが可能 」だそうで、とりわけ興味深いのは「 頭脳を勉強モードに転換するには、人間に備わっている五感をフルに動員すること 」だと著者が指摘している点である。

 と、云うことは、意味優先の頭脳である左脳ではなく、感覚を司る脳である「 右脳 」を大いに活用することと受け止めた。

 五感をフルに動員すると頭脳が右脳モードに変わるとのことだが、生長の家がお勧めするのは実相モードの「 観 」であって、単なる「 感 」ではないのである。

 

 聖典『 新版 叡智の断片 』に、このように書かれている。

 

 

観よ、ーさらば現れる。

神想観して実相を観よ、ーさらば実相が現れる。

観を変えよ、ーさらば世界が変わる。

( 同書 二七七頁 )

 

 

 ところで私は、教化部への通勤は電車を利用している。 その際、車窓に広がる知多の地は結構自然が豊かで、小高い丘の連なりと緑濃い山並み、さらに田圃が広がる光景は、それだけで右脳モードのスイッチ ・ オンである。 そうして、車中で聖典等を拝読する。 至福の時間である。 手帳にメモ書きがあった。 去る五月のことだ。

 

  

新緑の山路の中の深みどり

     老いも若きも共にありなん

 

 

 と。 視線の先の山並みには、成長著しい新緑もあれば、年月を重ねた緑濃い木々も混じっている。 これは自然の山野にあっては、なんら特別のことではなくむしろ当たり前の姿である。 またそして木々の緑が、緑といえども単に一色ではなく、濃淡様々なコントラストの妙を奏でている。 そこに木々の生命を、自然界の「 美 」を観じるのである。

 聖典『 新版 善と福との実現 』の中に、「 観ることは創造すること 」と題する、次のようなご教示がある。

 

 

 外界にある「 美 」は、実は内界にある「 美 」 の投影である。「 美 」を見る心なくして、花の美しさと云うものは存在しないのである。

( 同書 二五三頁 )

 

 

 若いということは、生命力に満ち溢れているが、経験不足は否定できずそれだけに脆くまた弱い。 一方老いの姿には、深い博識と豊かな経験があるにしても、残りの時間は限られている。 それ故に、老も壮もまた青も、共に寄り添い支え合うことが神意なのだと思うのである。

 このように思うと、この月九月の十九日が敬老の日、またその前日の十八日に秋の彼岸会 ・ 秋季慰霊祭を執り行うと云うことは、この月は今は亡き先人先達に思いを寄せつつ、この世にあっては人生の先輩を敬うということが抵抗なく理解できるのである。 なぜならこれらのことは、自然界の姿に学べば分かることなのである。

 

 さて、愛知教区は来る九月二十二日から二十五日にかけて、「 生長の家総本山龍宮住吉本宮団体参拝練成会 」に参加することになっている。 総本山の自然環境は右脳の開発に最適。 加えて練成会行事そのものが、参加者の神の子の実相モード、即ち「 神性開発 」の最高の機会と心得る。 皆様のご参加お申し込みを切に願うものである。