【今月の教化部長の言葉】平成28年5月

自分は何型タイプの人間か

教化部長 濵山正幸

 

 

 生長の家の御教えの最も根本、中心となるのは「 人間は神の子である 」という真理である。

 このことは、生長の家を学ぶ者であれば十人が十人、百人が百人「 問答無用 」のことと思う。 それほどに、生長の家の教えの根本であるという訳です。

 その「 人間 ・ 神の子 」について、機関誌『 生長の家 』平成二十八年三月号に、総裁先生の御指導が次のようにあります・・・・・・、

 

 

 生長の家で「 人間 ・ 神の子 」という場合の「 神 」とは「 唯一絶対神 」を指すと考えねばなりませんね 。この「 すべてのものの創り主である神さま 」の御徳を、人間は本質として、可能性として内部にもっている。 例外的な偉人だけがそうであるのではなく、すべての人がもっているというのが、「 人間 ・ 神の子 」の意味なのです。 

        ( 同誌 五十一~五十二頁 )

 

 

 総ての人が、神様の御徳を、あらゆることに対する可能性を、また素質として持っていたとしても、それら全てを出し切れているかというと、必ずしもそうとは言えない。

 現象界における人間、即ち肉体人間の現れ方は、人それぞれであり、また時 ・ 処によっても異なる。 「 千差万別 」なのである。

 かつて読んだ書籍だが、経済評論家等として活躍している、中島孝志氏著『目からウロコが落ちる 人生の鉄則』( 大和出版 )に、著者が次の様なことを書いていて大変興味を覚えたことを思い出した・・・・・・、

 

 

 私は人間には五種類いると思っている。 次の五種類だ。

 

 ① 自ら燃える人間 = 自燃性

 ② 他人に火をつけられれば燃える人間 = 他燃性

 ③ 状況によって燃える人間 = 選燃性

 ④ まったく燃えない人間 = 不燃性

 ⑤ 人のやる気を消してしまう人間 =  消燃性

 

 基本的に多いのは②、③のタイプだろう。

            ( 同書 一七六頁  )

 

 

 この五つのタイプを、自分の所属する会社なり組織に当てはめてみると、これが結構ドンピシャリなのである。

 他燃性や選燃性タイプの人間が多いと中島氏は指摘する。 私も同感である。

 しかしそれらはまだ良い方であって、例え少数であっても困るのは、何に対しても意欲を示さない不燃性人間の存在であり、さらに組織にとって最も害を為すのは、消燃性人間である。 つまり燃えている人間の「 ヤル気 」に水をかけ、そのヤル気を消して回る人間の存在。 これは黙視する訳には行かないのである。 何故なら、この様な人間が在る限りその会社や組織に将来はない、と言っても過言ではない。

  しかし、どの様な状況下にあっても救いはあるのである。とりわけ生長の家の教えを学ぶ者は、今一度、思い起こすべきである「 人間は神の子 」であると。 人間にとって、これほどの福音はないと思うが如何か。

 不燃性タイプだろうが消燃性タイプだろうが、人間である。人間ならば「 自燃性 」タイプに変わることは、可能であると生長の家の教えは高らかに宣言している。それが「 人間 ・ 神の子 」ということである。

 この根本自覚に一度火がつけば、どのようなことになると思うか。 人間内在の総ゆる可能性を引き出し、人生の主人公となり得るのである。 それ故に「 福音 」と言うのである。

 時あたかも五月、爽やかな日々に恵まれる時節である。このような時、吾らの信仰生活も五月の空の如きでと、心得ます。

 

 

 深呼吸 五月の空は ユートピア