【今月の教化部長の言葉】平成27年3月

 

キーワードは 「時代応現」


         教化部長 濵山正幸



  昭和を代表する作詞家の一人、故阿久悠氏の著書に 『清らかな厭世-言葉を失くした日本人へ』 がある。 氏の言う 「言葉を失くした日本人」 とはどのような人を言うのか、一気呵成に読みました。 流石に稀代の作詞家、随所にキラリと光るものを感じさせてくれました。 曰く・・・・・・・・・、


 

   深い本を読む。 没頭する。 たったそれだけのことを実行するだけで、絶望の家族が普通の家族ぐらいには回復出来るのだ。 本を読め読め、シャンとして読め。

             (同書、二三一頁)


 

  今時の大人世代、家庭で教養を高める様な本を読んでいるでしょうか。 よもやスマホでゲームに没頭、これでは家庭教育が危ういと思うが如何でしょう。 水温む春も到来、背筋を伸ばして良い本を読みましょう。


 

     春風や淡いピンクを連れ来たり


 

  さて本題に入ります。 去秋、十一月二十二日の生長の家秋季大祭に際して、総裁 ・ 谷口雅宣先生の 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 が発刊されました。 会員 ・ 信徒必読の書、繰り返し繰り返しの拝読をお勧めします。

  この新刊書の中で総裁先生は、生長の家の運動がこれまでにない変化を生じていることに関連して、次のようにご教示になっています・・・・・・・・・、


 

   宗教は時代と環境の要請から生まれるから、その時代と環境が変化すれば、宗教自体も変化を要求されるのである。 だから、戦前 ・ 戦後に説かれた教えは戦後に修正されることもあるし、冷戦時代の宗教運動の目標や方法が、冷戦後には採用されないこともあるのである。 この時代応現の変化の意味が分からないと、宗教は社会に有害な影響をもたらすことになる。

             (同書、はしがき)


 

  総裁先生のご教示の中で、重要なキーワードとなるのが 「時代応現」 と言う言葉だと心得ます。

  ご承知のとおり、生長の家の教義の根本は 「実相」 と 「現象」 であります。 即ち、現象界は 「千変万化」 変化無常の世界であり、しかもその変化は同一でも一定でもない、それ故に 「千差万別」 である。

 この教義がシッカリと理解されていれば、生長の家における今日の運動の変化も十分お分かりになると思います。 それ故に、総裁先生はこのように述べておられます・・・・・・・・・、


 

   宗教運動は、周囲の世界の状況の変化に正しく対応していくべき使命があるから、変化を恐れていてはならず、必要とあれば社会に先駆けて新たな道へと歩み出す覚悟がなければならない。

   そのような決意と行動は、神の御心の表現として行われるかぎり、信仰にもとづく宗教本来の動きとも言えるのである。

              (同書、四頁)


 

  先に紹介した阿久悠氏、著書の中で時代に関連して次のように書いています・・・・・・・・・、


 

   ぼくは、時代を見ることを何よりも重要視した作詞家であり、作家である。

   (中略)

   ある時、ぼくは 「時代おくれ」 という詞を書いた。 早足で傲慢な時代を見た結果である。

       (前掲書、一二三頁)


 

  時代は生き物で常に移り変わりの様相を呈する。 このことは冷静な思考力をもってすれば分かることです。 簡潔な言い方をすれば私たちは、誰しもが日々 「新しい時代」 に直面していると云うことです。