【今月の教化部長の言葉】平成27年2月

 

縁に触れるということは

 

教化部長 濵山正幸

 

  一年の内で、一番寒気の厳しい時節を迎えます。 どうか、健康に留意下さってお過ごし下さいますように。

 

 

    凜としてじっと春待つ寒椿


 

  さて、本紙 『大愛知』 の平成二十六年十二月号に 「鐘が鳴ったら響くべし」 との拙文を書きました処、何人かの方から反響の声を頂きました。 曰く、誌友会に関して 「善太郎のような姿勢が不足していました」  「これまでは唯、なんとなく誌友会に参加してました」 等々。 また誌友会に出講していただく地方講師からは 「今後、使命感をもって誌友会に出講します!」 と、どなたの声も大変有り難い貴重な声です。

  これを機に、愛知県下各地で誌友会が毎月確実に開催され、しかもその誌友会が質的に高いものとなって行くに従って、誌友会参加者の 「上求菩提 ・ 下化衆生」 の信仰心が一層深いものになり、よって教勢が大きく伸展すると確信するものです。

  このような声をいただくに伴って、誌友会に参加すること、即ち生長の家の御教えにご 「縁」 をいただくと云うことが、どれほど有り難くまた尊いものであるかと、しみじみと感謝の思いに到ります。


  ところで二月の十五日は、釈迦世尊が入滅された日といわれています。 従ってこの日には、仏教各寺院では本堂に涅槃図を掲げてお釈迦様のご遺徳をお偲びします。

  その涅槃図ですが、これには人間はもとより種々の動物等が、お釈迦様の亡くなられたことを嘆き悲しんでいる様子が描かれています。 が、その中にあって、一人の老婆がお釈迦様の体に手をふれ、さめざめと泣いている姿が描かれてます。 何故に、この老婆は泣いているのか?

  かつて読んだ臨済宗の高僧、松原泰道老師の著書 『いまをどう生きるのか』 の中に、このことを分かりやすく説明する文章がありました。 このようにあります・・・・・・・・・、


 

   このお婆さんはインドの遠いところに住んでいた若い娘だった。 お釈迦様という方がいらっしゃると聞いて、是非お教えをいただきたいと思って旅に出た。 いまのような情報があるわけではないから、ただ風の便りにお釈迦様のいらっしゃると聞いた場所を、次から次へと訪ねていったけれど、運悪く 『お釈迦様は昨日お発ちになった』 とか 『先ほどお出かけになった』 と行き違いばかりで、お目にかかることがきなかった。

   長い旅路を続けるうちに、娘も年を取ってしまった。 ある日 『お釈迦様はいまあの森にお入りになった』 という噂を聞いて、曲がった腰を伸ばしながら 『今日はお目にかかれる』 と思って森の中に入った。  (中略) お婆さんはそのとき初めてお釈迦様にお目にかかれた。 (中略) ところが、惜しいことにお釈迦様はたったいまお亡くなりになってしまったところで、お婆さんはひとこともお言葉を聞くことができなかった。 だから、そのお釈迦様の足に手をかけてさめざめと泣いている・・・・・・・・・のだと。

         (同書、六十九~七十頁)


 

  引用が長くなりましたが、言わんとするところはお分かり頂けると思います。 自己の過去世に些かでも徳が積んであり、また積善の徳ある父母を通して今生に人間として生を享け、さらに今日、人類史上最高の御教えに出会うことができた。 即ち 「縁」 に結ばれたということ、これは単なる偶然ではあり得ません。

  従って、この 「縁」 を決しておろそかにすることなく、誌友会や練成会への参加を通して 「上求菩提 ・ 下化衆生」 の道を、唯々、一途に進んで行きたいと思うものです。