【今月の教化部長の言葉】平成26年12月


打てば響けと 「鐘」 が鳴る

教化部長 濵山正幸  

 

  今年も早いもので年の瀬、除夜の鐘が鳴り響けば新しい年を迎えます。

 さて今年一年を振り返り見て、越し来たりし日々が祥福に恵まれた人々、中には幸薄かったと思われる人もあるのかと。 まさに千差万別 ・ 千変万化の現象世界。

 しかし、仮にどのようなことがあったにせよ、現に今 ・ 此処に、生かされているという事実を否定することはできません。 それ故にすべての人に物に事に、感謝一念でこの年を締めくくりたいと思うものです。


 

   除夜の鐘煩悩なしと浄めけり


 

 ところで、私の場合 「鐘」 と言えば “打てば響け” と連想するのですが、生長の家の創始者である谷口雅春大聖師のご著書 『親鸞の本心』 (現在品切中) の中に、信仰する者にとって深く心に響く素晴らしいご文章がありますので、紹介したいと思います。

 それは 『私の模範とする妙好人』 の章にある 「石州の善太郎」 なる、真にも信仰心の篤い人物について書かれてある処で、石州 (現在でいえば島根県岩見地方) に住む善太郎さんがその主人公です。 曰く・・・・・・、

 ある時のこと、 善太郎一家の菩提寺で説教の会が催されることになり、 その説教の始まりを告げる 「鐘」 がヂャンヂャンと鳴るのです。 すると野良仕事をしている善太郎は 「ハイ、ただ今まいります」 と、声に出して返事をする。 また鐘が鳴ると、 「ハイ、ただ今まいります。 ありがとうございます」 と、今度はお礼を言うのです。 そして野良着のままお寺に駆けつけ、とてもよろこんで説教を聴聞するのであった、と。

 宗教的な講話の聴聞、即ち真理を学ぶ姿勢について谷口雅春大聖師は、次のようにご教示になっています・・・・・・、

 

 

   生長の家の誌友でも、もう真理はわかったから人から聴く必要はないと誌友会にも講習会にも出席しなくなる人があるが、そう云う人はいつの間にか世俗の言葉の波動で、信心の心がうすれて、愈々と云うときに間に合わぬことがある。 信心はつねに聴聞によって深めねばならぬ。

                (同書 三二六頁)


 

 説法の始まりを告げる鐘が鳴れば 「ハイ」 と答え、さらに鳴り響けば 「ハイ、ありがとうございます」 と感謝で受け、会場に駆けつけ真理を聴聞する。 この信仰姿勢、これはどのように時代が移り変わっても、信仰生活の最重要事と心得るものです。

 愛知教区の信徒の皆さん一人一人が、ここの処を善太郎のように受け止めていただければ、白鳩会 ・ 相愛会 ・ 青年会各組織が月々開催する 「誌友会」 の必要性も、また真理を聴聞して信仰を深める有益性も、ともにすべてご理解いただけるもの思います。

  ご承知のように生長の家では、現在、 「神・自然・人間の大調和を実現する 自然と共に伸びる運動」 を展開しています。

 この運動の早期実現を図るためには、 「すべては神において一体」の信仰心に目覚める人々が、圧倒的多数に及ぶ必要があります。 その目覚めの機会となるのが 「誌友会」 という訳です。

 このような訳で、来る平成二十七年一月から県下のすべての単位組織が、毎月必ず誌友会を開催する新たな体制を整えました。

 さらにまたその誌友会を、参加者の信仰を深めるとともに、新しい人々を誘いたくなるような誌友会とするため、誌友会の指導を担う地方講師の方々の教化指導力の向上を図る 「地方講師・光明実践委員一日研修会」 の内容も刷新しました。

  一月から、愛知県下各地で誌友会の開催を知らせる 「鐘」 が鳴り響きます。

 生長の家大神、吾が愛知教区の全ての人々を祝福し給う。 ああ、 ありがたき哉。

                感謝合掌

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コメント: 1
  • #1

    伊藤喜美子 (土曜日, 29 11月 2014 23:27)

    ハイ。ニコ。ポン。