【今月の教化部長の言葉】平成26年9月

団体参拝練成会に参加するということは


         教化部長 濵山正幸


 敬老の日という祝日があります。現在では九月の第三月曜日となっていますが、かつて敬老の日なる祝日が制定された当時は、九月十五日でした。この敬老の日、当初は昭和三十八年に国会で老人福祉法が制定されて「老人の日」が定められ、さらに昭和四十一年に祝日化されて「敬老の日」となった、経緯があります。

 この敬老の日に関連して、『シクラメンのかほり』や『愛燦燦』等のヒット曲を発表しているシンガーソングライターの小椋佳氏が、その著書『言葉ある風景』(祥伝社刊)の中で、次のように書いています………、


  そもそも“敬老の日”がなぜ九月十五日 なのかを調べてみると、時代を遙かに遡り ますが、飛鳥時代、聖徳太子が四天王寺に 身よりのないお年寄りや孤児を収容する、 悲田院という施設を建立した日が九月十五 日だそうです。    (同書 一六三頁)


 なぜ当初、九月十五日を「敬老の日」と定めたのか、初めて知ったことですが矢張り理由があった訳です。しかし平成十五年から、連休を増やすいう方針のもと、九月の第三月曜日が敬老の日となりました。これでは敬老の日本来の意義が蔑ろになり、もって国民の意識の中から敬老精神が稀薄になると憂慮するものです。平均寿命が八十歳を越える長寿国となった我が国・日本。しかしながらその一方で、少子高齢化が深刻な問題を投げかけつつ、次世代に及んで行くことを見過ごすことはできません。           

 ところである日のこと、昼食をとあるレストランでいただきました。その時、湯飲み茶碗に「長寿の心得」と題する言葉が書かれていて、興味を覚えたのでそのコトバを書き留めました。次のようなものです………、


    人生は六十より七十にしてお迎え来る時 は「仕事中」と云え。八十歳にしてお迎え 来る時は「まだまだ早い」と云え。九十歳 にしてお迎え来る時は「左様せかさずとも 良い」と云え。百歳にしてお迎え来る時は 良い時節を見てこちらから「ぼつぼつ行く」 と云え。百二十三歳にしてお迎え来る時は 「長寿の会と相談してから」と云え。


 今年八月、六十六歳となった私ですが「長寿の心得」の云うところによれば、まだまだ「仕事中」の身。それ故に、健康に留意しつつ生涯現役で生長の家のお役に立ちたいと思っています。何故なら、大聖師・谷口雅春先生は昭和六十年六月十七日、九十一歳にて霊界に還り逝かれるまで、生長の灯をかざしつつ人類の行く手を照らし続けて頂いた訳ですから。


  暮れてなお落ち穂拾いの此の世かな


 とりわけ、谷口雅春先生がご生涯の最後において、現世に実相世界を顕現せんと御造営になられたのが「生長の家総本山龍宮住吉本宮」であり、そしてその生長の家総本山で開催されるのが団体参拝練成会であります。

 それ故に、この団体参拝練成会に参加するということは、得難い御教えにご縁を頂く者として「去年参加したから」とか「来年行きます」とか、と言う練成会とは異なります。 創始者・谷口雅春先生に報恩感謝の誠を捧げ、総裁・谷口雅宣先生に絶対の中心帰一を誓いつつ、生涯現役で生長の家を生きるとの信仰心を固める年毎の練成会、それが団体参拝練成会であると思うものです。

  愛知教区、今年の団体参拝練成会には、九月二十五日から二十八日の日程で参加いたします。またこの間、二十七日の夜には龍宮住吉霊宮における荘厳なる御祭り「大調和の神示祭」に参加させていただけます。

  各組織の会員の皆様には、こぞっての参加を心から願うものです。