【今月の教化部長の言葉】平成26年7月

異類中行の教えるもの

 

         教化部長 濵山正幸

 

 愛知に戻って初めての夏、名古屋の暑さに覚悟のほどは。そんな盛夏に向かうある日の一句……、

 

   務め終え笑顔が薬味冷奴

 

 ところで、御教えにご縁を得て今年で四十年目。この間、印象に残る忘れ難い話は数多くありますがその中でも、新しい人を生長の家にご案内することについて、それこそ「目から鱗が落ちた」極めつけの話を紹介したいと思います。

 その話と言うのは、今は故人となられました田中忠雄講師が相愛会の全国大会で講話された時のことです。田中講師曰く、生長の家の運動は「イルイチュウギョウ」にある、と言われました。初めて耳にする言葉です。何のことだかサッパリ見当がつかない訳で、誘い込まれて聞き耳を立てました。如何ですか皆さん、お分かりになりますか?

 要するにこういう事です。毎月開催する誌友会は誰に声を掛けているか、そして誰が参加しているか。また毎月の『普及誌』は誰に差しあげているか。かりそめにも、毎月同じ顔ぶれの誌友会を開催し、また同じ人に普及誌を愛行しているとしたら、それは……「同類中行」ということです。

 つまり私たちの相手にしている人が、いつの時も白鳩会・相愛会・青年会各組織の現会員であったり、既に生長の家を知っている人のみが対象であっては、それでは「同類」であって、生長の家は決して外に向かって広がって行かない訳です。

 そこでどうしても「イルイチュウギョウ」即ち「異類中行」の実践が必要となる。つまり生長の家を知らない人たちの中に勇気をもって分け入り、生長の家を知らせる行動を起こしてこそ、生長の家が広がって行くことになるのである、と仰る。

 衝撃的でした。猛烈な反省と自責の念が沸き起こったことをハッキリ覚えています。生長の家を一所懸命に行じているつもり、しかし現実は、いつものメンバーで気の抜けたような誌友会で良しとしていなかったか。また普及誌の愛行にしても、家から遠く離れた団地のポストに放り込んでいなかったか。これではどこから見ても「求道と伝道」に熱意のかけらも見られない。腹に応える「喝」であり、信仰に鉄槌を喰らわされた、そのような御講話でありました。

 

 聖典『信仰の活人剣』の中に、このように書かれている処があります……、

 

  吾々は運動形態において生長の家を認識 し直さなければならぬ。「死の灰」を前に して人類が救われるかどうかの消頭爛額の 際に哲学的な論理にふけって、信徒の中に でも生長の家研究会というのをこしらえて いるという学究的な人もありますけれど  も、研究会みたいなもので研究すべきとき はもう過ぎているのです。もうすでに、生 長の家の理論体系は本当は出来ている。  (中略) 共産党員の集りへ行って御覧なさ い、マルクスの理論を正しいか正しくない か研究しているような悠暢な人は一人もな い。いかに行動しようか、その運動方法の みが論議の的となっている。人類救済は論 議の時代ではなく運動の時代に入っている のであります。     (同書 七十七頁)

 

 田中講師の一喝で、目が覚めました。目覚めてみれば、伝道の相手も機会もまさに無尽蔵ではないか、と。

 この様な訳で、今夏の青少年練成会では白鳩会、相愛会、青年会の各組織が「異類中行」の実践を念頭に全力推進を展開。もって県下の小学生、中学・高校生が大勢参加する青少年練成会を開催して、国の将来、世界平和に貢献する次世代を担う青少年の育成を、と熱望するものです。

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コメント: 1
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    Arica Ocegueda (金曜日, 03 2月 2017 17:19)


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