【今月の教化部長の言葉】平成26年5月

現象界はやはり「唯心所現」
 
         教化部長 濵山正幸
 
 愛知教区教化部長としての聖務が、いささか緊張のうちにも始まりました。
 ところである書物に、とても共感を覚える言葉がありました。それは八十歳になった女性のもので、「私は今年、初めて八十歳になりました。生まれて初めての八十歳です。ですからどんなことが起こるのか、そしてまたどんな経験が出来るのか、と思うと感動します」と言う言葉です。
 思うにこの女性は、肉体年齢が八十歳を越えていようといまいと、その日一日を一所懸命に生きる方だと思いました。誰であれ、この世に生を受け、人・物・事に感動を覚える人生は、豊かで幸福な人生と思います。
 ご存知でしょうか、日本教文社からの刊行書籍で『光の四季』と題する書名の詩集があります。著者は故・渋谷晴雄本部講師で、この中で著者は感動ということについて、次のように書いています……、
 
  この世界は、新しい一瞬一瞬の連続であ って、私たちが出会う美しい野の花や、み ごとな夕映えの風景、あるいは愛する家族 とのひとときは、二度と、まったく同じ形 では繰り返されることがない。それは、い つでも一期一会の出会いなのである。
  (中略)
 いま、自分がはじめて出会い、感動した世 界のすがた。その感動を言葉や絵に表すの は簡単ではないけれども、感動は表現しな いと自分の中だけで消えていってしまう。
            (同書、二一七頁)
 
 感動を表現する、表現することによってさらに感動の度合いを増す。ここにおいて、生長の家で説かれる「唯心所現」の真理に光りが当たる訳です。つまり、心に何を思い何を語りどのように行動するかで、人生が左右されるということです。それ故に、生長の家の生活法である「日時計主義」実践の必要性がここにある訳です。この意味でも、総裁・谷口雅宣先生がご著書『太陽はいつも輝いている』の中で、ご自分の絵封筒や俳句を紹介して下さっていますが意味がある訳で、総裁先生はこのように述べておられます……、
 
  私たちの人生には、楽しいこと、美しい こと、嬉しいこと、感動すべきことが無数 にあるという事実、それらを、上手下手は ともかく,形や言葉に表現できるという事 実。そして、表現されたものを見、味わう ことによって、表現者の感じたことが他人 にも伝わるという事実―つまり、人生の感 動の拡大は、誰にでもできる(後略)
        (同書、はしがき七~八頁)
 
 俳句をされる方はご存知と思いますが、俳句には「季語」が要ります。それ故に四季の移ろいに、自然界の変化に、心が向かっていないと俳句は詠めないと思います。そこで、総裁先生ほどのものではありませんが私も一句……、
 
  鯉のぼり腹空なりて自在かな
 
 全くの素人でお恥ずかしいのですが、総裁先生に触発されて俳句に興味を持ち、五七五の言葉を並べている内に自然界の事象に心を向ける自分があり、また自分で言うのも何ですが何時しか優しくなっている自分自身を見いだしたりして、その結果、現象界はやはり「唯心所現」なのだと得心した次第。
 自然環境が豊かであるということは、そこに住む人々の心が清らかであり、対人間はもとより自然界のあらゆるものに対して、調和の心があるということでもあります。
 ついては、生長の家が現在進めている“自然と共に伸びる運動”の実現モデルを、此処・愛知教区が示すことができればと願う次第です。